大判例

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東京高等裁判所 昭和48年(う)685号 判決

被告人 梅本信一

〔抄 録〕

しかし原判決の挙示した証拠を総合すれば、所論の点も含め原判示事実を肯認するに十分であり、当審における事実取調の結果、とくに弁護人から顕出された単行本「HOW TO SEX」、「続HOW TO SEX」等の販売されていた事実を参酌しても、右認定を左右するに足るものはない。すなわち右証拠によれば、被告人はいわゆる「大人のおもちゃ」の卸売を業としていたものであって、その取扱商品には、いずれも人の性的興味を訴えることを狙ったこけし、肥後ずいき、女性用パンティ、いわゆるエロ雑誌などが多く、本件テープも右商品の一つであったこと、右テープの外装の紙箱については、いずれもその外形を認識し得たものであって、その外装の紙箱には、すべて「未成年の方にはお売りすることはできません。」との印刷した文言が記載されてあるほか、原判示のような、ことさらせん情的な題名が付されており、その表面および裏面には、「生き地獄」なる題名がつけられているものを除く四種類のものには、いずれもの全裸女性や男女性交時の又はその前後の姿態の絵画(うち一枚は写真)が、「生き地獄」の題名がつけられているものには、裸の女を縛り、それに蛇がむらがり這いあがる状況の絵画が、それぞれ印刷され、これらにいずれもせん情的な説明文が付されているものであって、これら外装の紙箱の外形自体からして、テープの内容が男女の性向時のものか又は一般通常人の性的羞恥の感情を害せしめるところがあるわいせつ物であることを推知せしめうるに足るものであること、本件テープを販売した者は被告人であって、ただ被告人の経営する事業についてロンドン商事有限会社なる法人を設立して、右会社名義をもって前記のような取扱商品の卸販売をしていたにすぎず、その実質上の販売者は被告人個人であったこと、本件テープは、男女の声優(ただし「女のいのち」と題する一編のみは女性の声優だけ)が台本に基づいて声の演技をなし、それを録音して作成されたものではあるが、本件テープの内容はいずれも男女性交時の会話およびその際発する音声などを露骨に録音したものであって(ただし、「女のいのち」と題するものについては、女性の音声のみによる男女の性交についての回想の場面を録音したものであるが、男女性交の場面を容易に想像させるに足る女性の音声を露骨に録音したものとみることができる。)、その録音内容を全体的に考察すると、右会話、音声などは単に正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するのみならず、一般通常人の性欲を過度に刺戟、興奮させるものであることがいずれも認められる。以上認定のような事実関係のもとにおいては、たとえ被告人が本件テープをその販売前に自ら試聴したことがなく、従って被告人が本件テープの録音の内容を確定的に認識していなかったものであるといえるとしても、被告人としては、少くともわいせつ物であることの未必的認識を有していたものと認めるのを相当とし、所論のようにその認識を欠いていたとは到底いえないし、また本件テープを販売した者は被告人自身であり、更に本件テープは刑法第一七五条にいうわいせつ物に該当するものであることが明らかである。

ところで所論は、被告人がわいせつ物販売についての未必的認識を有していたとするためには、少くともその前提として、試聴によりテープの内容を認識していなければならず、テープの内容を認識したうえでこれがわいせつ物に該当してもかまわないという意思のもとに販売することが必要であると主張する。しかし、客観的にわいせつ物に当ると認められる本件テープの場合、前認定、説示のように、被告人の営業内容、外装の紙箱の態様等により所論の未必的認識を肯認することはいささかも不当ではなく、従って所論のように試聴を前提条件とすべきであるとはいえず、また原判決が(弁護人の主張に対する判断)の(五)において説示しているように、刑法第一七五条の罪の犯意については問題となる内容についての認識とこれを販売することの認識があれば足り、その内容が同条所定のわいせつ性を具備するかどうかの認識までも必要とするものではないと解するのが相当である(なお昭和三二年三月一三日最高裁大法廷判決、最高裁刑事判例集第一一巻三号九九七頁以下参照)から、この点に関する所論は採るをえない。

<中略>

論旨は要するに、原判決は本件テープを刑法第一七五条のわいせつ物に該当するものと判示しているが、聴覚に訴えるものはこれを同条の処罰の対象外におき、わいせつ物に含まれないと解すべきであるから、本件テープのように聴覚のみに訴えるものは、刑法第一七五条のわいせつ物に当らないと解するのが相当であり、また同条の「わいせつ」については、判例によるも具体的客観的基準についてなんら明示されていないので取締当局の主観的判断によって不合理な事態が生ずるから、本件テープをわいせつ物として処罰するのは、憲法第一四条、第三一条に違反し、ひいては同法第二一条の表現の自由をも害されることになりかねないし、更に本件テープには普通の会話や音楽のみの部分があるから、これらの部分をも含めてわいせつ物と認定しているのは、刑法第一七五条の法令の解釈適用を誤ったものであり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れないというに帰する。

しかし前認定のように、本件テープの録音の内容は、いずれも男女性交時の会話およびその際発する音声などを露骨に表現したものであり、その会話、音声等は、単に正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するのみならず、一般通常人の性欲を過度に刺戟、興奮させるものであると認められるところ、原判決が(弁護人の主張に対する判断)の(一)において説示しているように、本件テープのごとく会話、音声等をテープに録音固定し、これを再生させることにより、聴覚によって内容を感得しうるようにした物は、映画フィルム、写真、小説等、視覚によって内容を認識しうる場合と本質的に異なるものではないと解すべきであるから、その内容がわいせつと称すべきものであれば、刑法第一七五条の「わいせつの文書、図画其他の物」に該当すると解するのが相当である(昭和四六年一二月二三日当裁判所第四刑事部判決、高裁刑事判例集二四巻四号七八九頁参照)。

(石田一 菅間 柳原)

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